在宅医療アドバイス


在宅医療を開始されるSCD・MSA患者さんとご家族の方へ

監修:国立病院機構 箱根病院 院長  小森 哲夫先生

在宅療養で出会う症状への医療処置や治療

SCD・MSAの患者さんは、病状の進行につれて歩行や移動が困難となり、病院の外来に通院することが難しい時期を迎えます。外来に通えなくとも、それまで継続してきた治療やリハビリテーションを継続するためには、沢山の人の支援を得て在宅診療を受けることも一つの方法です。その頃には、生命を維持するために気をつけなければならない症状も出現することが多く、症状に合わせて幾つかの医療処置や薬での治療が必要となることがあります。ここでは、在宅診療を始める頃から出会う主要な症状に対する医療処置や治療について紹介します。


1)構音障害とコミュニケーション

構音障害は小脳の症状としておこる「途切れ途切れの言葉」で、周囲の聞き取りづらさが増します。言葉によるコミュニケーションが取りづらくなると、トーキング・エイドを使ったり、木枠をはめて文字を区切った50音表を指差すなどの方法を用いることがあります(図1)。しかし、姿勢時振戦や企図振戦など、何かを意図しての動作に伴う震えが出現したり、小脳失調のためにうまく指差せないことがあります。次第にyes-noの質問に表情やまばたき、手を挙げるなどの簡単な動作で答えてもらうことになりがちです。コミュニケーションは医療や生活支援を受けるときに基本的に大切なことですが、闇雲に機器に頼ることなく、簡便で患者さんの負担が少ない方法を考えなければなりません。

図1 コミュニケーションに使われる機器
トーキングエイドαⅡ(株式会社ナムコ)

トーキングエイド for iPad(株式会社ユープラス)

意思伝達装置 レッツ・チャット(パナソニック株式会社)

意思伝達装置 レッツ・チャット
(パナソニックエイジフリー株式会社)


2)摂食・嚥下障害、栄養障害

筋緊張の亢進や痙性で体が硬くなったり、失調症状としての球麻痺などにより飲み込むときの一連の動作のうち、食べ物が口の中にあるとき(口腔相)と食べ物を反射的に飲み込むとき(咽頭相)の双方に障害が出てきます。飲み込む動作の観察は大切ですが、何の医療処置が必要かについての判定には、嚥下機能検査をする必要があります。できれば在宅療養となる前に、一度評価をしておくべきでしょう。


3)呼吸困難

呼吸困難については、筋緊張が強いことで胸郭の運動が妨げられ息を吸うことが制限される場合と、姿勢の影響で十分に息を吸うことができなくなる場合があります。また、寝たきりになると、これに関節の拘縮による運動制限が加わり呼吸に関係する胸郭の動きを妨げることになります。息を吸う力がなくなったり胸郭が広がりにくくなったりすると肺活量の低下をきたします。これを拘束性換気障害といい、神経筋疾患や神経難病におこる呼吸障害です。さらに球麻痺が加わり、排痰が困難になると気道をクリーンにすることができず気管切開をせざるを得なくなります。これをできるだけ防ぐために、早期から呼吸リハビリテーションを実施して胸郭の運動域を確保し、手や機器による排痰介助を加えることが有効です。気管切開をする以前に、鼻マスクを使って呼吸を補助する非侵襲陽圧換気療法を勧められる場合もあります。


4)声帯麻痺と咽喉頭軟化について

気道の確保ができない状態として声帯麻痺と咽喉頭軟化の二つがあります。SCD・MSAの声帯麻痺は、声帯外転筋の筋萎縮が進んで起こります。声帯麻痺単独でも、それに咽喉頭軟化が加わっても気道閉塞が起こります。症状が出るのは急速ですので、生命維持のために緊急の処置や治療などを要する場合が少なくありません。救急搬送され、気管内挿管の処置を受ける場合も出てきます。一方、残念なことですが、夜間に気道閉塞のために死亡した状態で発見されることもあります。この危険性と緊急時の処置については、医師からの説明を十分に聞き、患者・家族としてどのように対処するかという意思の統一を図っておくことが極めて重要と思われます。


5)排尿障害

自律神経の障害でおこる代表的な症状です。最初は排尿回数の増加や尿意を感じてから我慢できる間隔が短くなることで気付かれたのちに、膀胱の緊張が低下した状態となり排尿ができなかったり(尿閉)、排尿後に尿が残った状態(残尿)になります。尿閉となって救急受診し、カテーテルが留置されることがあります。また、残尿のため尿路感染を起こしやすく、急な発熱が起こったときは、摂食・嚥下障害からくる誤嚥性肺炎と尿路感染をまず考える必要があります。とくに、留置カテーテルを使っている場合には、抗生剤を常備しておくと、夜間や休日でも治療を始めることができます。主治医とよく話し合っておくと良いでしょう。


6)起立性低血圧

とくに、MSA患者さんでよく見られます。在宅療養ではベッドからの起き上がりで意識を失うこともあります。ゆっくりとした姿勢の変換が症状を出さないために大切です。ベッド上の臥床が長くなると、この傾向は一層強くなります。弾性ストッキングを下肢に装着することにより症状の出現を予防する治療が行われます。また、ミネラルコルチコイドの内服などが治療として行われる場合があります。

(原稿執筆 2016年7月)